反対派が圧倒的に多かった

日本の義務教育が開始された当初は、学校に通わない子供・制度に反対する家庭の数の方が圧倒的に多い状態でした。
 
 
「日本は不登校が普通だった」の部分でもご説明しましたが、学制開始からしばらくの間は学校に通う子供などは殆どいなかったのです。

 

 

そもそもとしてなぜ学制に反対する家庭の方が圧倒的に多かったのかと言うと、以下の2つの理由からです。

 

 

  • 農村部などでの労働力の低下への反発
  • 高額な授業料の負担に対する反発

 

 

まず第一に、江戸時代までは日本は身分社会に分かれており、基本的に生まれながらの身分・階級は変わりませんでした。そして、特に農民の家系では子供たちが貴重な一家の労働力となっていたのです。

 

 

その貴重な労働力となる子供をなぜわざわざ学校などに通わせなければならないのかという声が物凄く多かったために、子供を学校に通わせないという現象が起きました。

 

 

そして第二に、授業料の負担に対する反発です。

 

 

学制の目的は国民全員に貧富の差や身分の違いなどに関係なく平等な教育を施そうと言う名目がありましたが、実際はこの学制の授業料は庶民には過重な経済的負担であったという背景がありました。
 
 
学制が始まった当初は国の財政基盤がまだ完全に安定していなかった為に、庶民らが高い授業料を負担しなければならなかったのです。

 

 

国民が必要だと思わなかった制度

 

 

なによりも学制、義務教育制度は開始当初から日本国民の間でその必要性というものが疑われていた制度でもありました。学校の授業内容などに多くの国民は学ぶ意味というものを見出す事ができなかったのです。

 

 

そして前述の労働力の低下や授業料の高額負担なども相まって、当時の日本では学校の打ちこわしや焼き打ち事件などが全国各地で発生し、政府への反抗活動が相次いで多発していました。
 
 
この国民の反抗活動は農民騒擾(のうみんそうじょう)と呼ばれていた出来事ですが、その当時の日本国民の間ではそれほどまでに義務教育という制度の存在は否定されていたという過去がありました。

 

 

平成の日本では到底考えられないようなことかもしれませんが、時代の流れによって国民の価値基準というのは大きく変わってくるものだということがお分かり頂けるはずです。

 

 

政府の作った学校に通うのが普通で当たり前のことだというのが日本人の常識となっていると私は思いますが、今一度過去の歴史を振り返って考えて下さい。

 

 

本当に学制は必要で国民が望んだ制度だったのか、ということをです。


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