戦前の学校教育

1889年に大日本帝国憲法が発布され、その翌年の1890年には日本国民の理想像・模範をまとめた教育勅語が発布されましたが、この当時の日本の戦前教育などはどうだったのでしょうか。

 

 

日本の戦前の教育方針は主に富国強兵・道徳重視の教育に集約されていたと言えるでしょう。

 

 

明治期はそもそもとして西洋諸国がその強大な軍事力を使って世界各地を植民地化していた最中だったことで知られています。

 

 

アジアの国々もその標的になっていたことは言うまでも無く、日本はその中で他国の植民地支配を受けずに独立を維持し続ける必要がありました。

 

 

実際、江戸の後期に黒船の来航などで軍事力が違いすぎて勝ち目が無いという現実を目の当たりにしたからこそ、日本は西洋諸国に劣らない近代国家への改革を進めたわけです。

 

 

徴兵令にしても欧米の強大な軍事力と対等に渡り合えるだけの組織を作る目的であり、国民軍を結成し大きく立ち遅れた欧米との戦力差を取り戻そうと言う意図があったのですが、国民の反発もとても大きかったという背景があります。

 

 

日本の戦前の教育などは今でも何かと問題になり、特に教育勅語などは日本国民を戦争に駆り立てた元凶という方も多々存在します。

 

 

ですが、少なくとも私は徳育という観点から見れば教育勅語などは日本人の倫理観や道徳心の向上というものに程度の差はあれど貢献していたように思います。

 

 

日本人の理想的な規範意識をとりまとめたものですが、これもやはり日本が近代国家の設立の際に国家主義色の強かった当時のドイツを模倣していたからこその条文でしょう。

 

 

興味のある方は教育勅語と検索して調べて見て下さい、実際極端におかしな条文は書かれていないことが分かるはずです。

 

 

ちなみに、この教育勅語は当時の学校で主に祝日などに読み上げられていました。


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