戦後日本の学校教育

戦後の日本の教育内容ですが、戦中とは全く反対の内容に切り替わり、戦前の立身出世が全面的に押し出される形になりました。

 

 

GHQ(連合国軍総司令部)によってそれまでの日本の国家主義と呼べる内容は殆ど除外され、アメリカの民主主義的な教育内容に変化したのです。

 

 

日本を解体したアメリカ

 

 

日本が敗戦後にアメリカをはじめとする連合国らに占領されたことで、それまでの学校の教育内容などは全く別物になりました。

 

 

アメリカの狙いというのは日本が再びアメリカや西洋諸国に反抗できないようにするために徹底した武装解除などを行い、日本を洗脳・支配することでした。

 

 

その中で特に注目するべきなのはそれまでの日本の国家主義教育の完全な排除でしょう。

 

 

事実、占領後しばらくの間は日本の小学校などで使われていた教科書の中の軍事・天皇に関する部分を黒墨(くろすみ)で塗りつぶさせ、読めなくさせていたこともありました。

 

 

また、新聞や雑誌・ラジオなどのメディアにおいても厳しい報道規制がかけられることになり、原子爆弾の投下やアメリカなどの連合国を批判するような内容は徹底して禁止されていました。

 

 

要するに欧米の植民地支配に最後の最後まで抵抗し続けたアジアの大日本帝国という存在を、もう2度と復活させないようにするための解体作業を施すのが連合国側の狙いだったのです。 

 

 

教育の民主化

 

 

では教育内容はどうなったのかと言うと、戦中の「お国の為に」という日本の合言葉はすっかり消え去りました。

 

 

日本を占領したGHQが日本の教育の民主化を打ち出し、日本国民に対し「教育を受ける権利」を日本国憲法に記したのです。

 

 

厳密には占領軍の代表格のアメリカの教育制度が日本にも取り入れられ、義務教育の年数や高等教育機関の年数などもアメリカと同じになりました。

 

 

小学校6年・中学校3年・高等学校3年・大学4年という年数も、GHQの決定により決まった事なのです。

 

 

次に教科書の仕組みも大きく変化することになりました。

 

 

今までは日本の政府が教科書の内容を決めて国民に何を教えるかを独占していたのですが、日本の敗戦後は検定教科書と呼ばれる教科書に変わり、各出版社や知識人らが自由に教科書を作成できるようになったのです。

 

 

そして、この教育の民主化により変化した教育制度というのが今現在の我々の受けている教育内容と言えるでしょう。

 

 

国家主義思想というのが排除されたことにより、それまでの義務教育制度の1つの側面である個人の立身出世主義というのが全面的に表に出てきたわけです。

 

 

一部の経済的富裕層や教育ブームに影響を受けている人々たちの間で流行の「お受験」や「偏差値主義」などがまさに代表的な例といえるでしょう。

 

 

要するに、日本の義務教育の原点である学制は個人の立身出世主義を市民に植え付けることで就学率を上げてきましたが、戦時下ではそれが排除されて国家主義になり、敗戦後は完全に国家主義が排除されて元に戻ったということです。

 

 

 

学制(義務教育)開始当初 

個人の立身出世意識の浸透

戦前・戦時下

国家の為の学校教育に変化

終戦後

民主化され再び個人主義教育に戻る

 

 

それでも本質は基本的に同じ

 

 

しかし終戦後の教育にせよ、その本質というのは基本的には近代国家の発展に必要な人間を育成するという本来の目的が失われることは有り得ません。

 

 

戦後の日本は占領軍であるアメリカの教育システムを導入しているということになりますが、そのアメリカの学校・教育も問題点は数多く存在しているという事実があります。 

 

 

不登校やいじめ・非行など日本ではさまざまな問題があるとされていますが、その根底にあるものは一体何かということを一度じっくりと考えてみて下さい。


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