ゆとり教育と世論の関係

日本の学校教育の内容というのは、結局のところメディア・世論の声というものに大きく左右されていると言えます。

 

 

ゆとり教育が叫ばれたのも遡(さかのぼ)れば文部科学省などが詰め込み教育についていけない子供に今度は反対のゆとりを与えるべきだという流れから始まったわけです。

 

 

そして、ここでもやはり当時の日本のメディアなどがゆとり教育の導入について後押しするという風潮からゆとり教育が開始されたのです。

 

 

何がしたいのか分からないという現実

 

 

戦後の日本の教育は占領軍であるアメリカが「ゆとり教育」を開始していたのですが、それでは子供たちの学力というのが付かないのではないかと世間が騒ぎ、詰め込み教育が始まりました。

 

 

そして、今度はこの詰め込み教育では覚えなければならない内容が増えすぎて学校から離脱してしまう子供が急増したので再びゆとり教育に戻そうという動きになったわけです。

 

 

しかし、そうかと思えば2003年のPISAの国際学力調査の結果が前回よりも悪かったからというだけで再びゆとり教育を見直そうという流れになっていたわけです。

 

 

要するに、軸や基本的な方針が殆ど無いということです。 

 

 

ゆとり教育

詰め込み教育

ゆとり教育

脱ゆとり教育(詰め込み教育)

 

 

ただメディアや世論の風潮などに煽られて、学力低下が問題だと言われればゆとり教育を中止することになり、授業時間が多すぎて問題だと言われればゆとり教育に路線変更・・・。

 

 

文部科学省や教育委員会・教育評論家などが子供達に何を見に付けさせようとしているのか、何を期待しているのかは私には分かりません。

 

 

ただ、安易安直に学力低下やおかしな不安を煽って児童生徒らに馬鹿馬鹿しい授業などを強制するという流れはこの辺で止めにするべきでしょう。

 

 

ゆとり教育が問題だという風潮も結局は一部の人間たちが大衆の不安に付け込んでお金儲けに使っていたという背景がありますし、なによりもゆとりで学力が本当に付かないという根拠はどこにもないでしょう。

 

 

私はもっともっと学校自体が価値の有る授業をできるようになることが重要であると考えており、もし学校に価値を感じられない人間ばかりなのであれば学校自体無くなっても全然構わないと考えます。 

 

 

他者との競争というものを強制することなく、長年学力が世界最高クラスだったフィンランドなどの先進国をもっと日本も見習うべきなのではないでしょうか。


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