子供にあるのは「教育を受ける権利」である

日本の憲法で明言されているのは子供が教育を受ける権利であって、政府の学校に通学し続けなさいなどという義務ではありません。

 

 

当事者である小学校・中学校などの児童生徒らは自分自身が本当に学校に通っていたいのかをよく考えるべきです。

 

 

大人が子供の学ぶ権利を保障すること

 

 

日本は1872年の明治時代に現在の義務教育制度の原型が誕生しましたが、それまでは別に政府が運営する学校に大量の子供が押し込められて一斉授業を受けるなどということは殆どありませんでした。

 

 

誰かから強制的に学校に通わされるということは、ごく一部の人々を除いてあり得なかったのが一般的だったのです。

 

 

要するに圧倒的多数の子供たちは義務として学んでいたのではなく、自らの権利として教育を受けていたというのが過去の歴史の流れです。

 

 

明治時代になり義務教育が出来上がると教育というのは国家にとって富国強兵政策の重要な位置づけになり、兵役などと合わせて強い影響力を持っていた時代もありましたが、現在は違います。

 

 

終戦から日本の憲法というのは色々問題もありますが、基本的には民主主義の憲法になったわけです。

 

 

そして教育に関しても親が子供に対して学ぶ機会を適切に与え、教育を受けさせる機会を奪ってはならないという国民主権の憲法になりました。

 

 

従って、学校以外で様々な教育を受ける機会を親が子供に与える事ができるのならば、学校など行かなくてもいいのです。

 

 

子供にあるのは学ぶ権利であって、誰かから教育を強制され学校に通学する義務などありません。

 

 

こうしたことを書くと

 

 

「それならばどうやって子供は読み書き計算を覚えるんだ?」
「自分から何もしようとしない怠け者が出来上がるだけだろう」
「社会性とか身に付くわけないじゃん」

 

 

・・・というような声も聞こえてきそうですが、別にそうした価値観などを否定は致しません。個人の考え方なので色々意見があるのは結構だと思います。

 

 

しかし、それならば逆に私が言いたいのは義務教育(政府の学校教育)を受けた人が全て読み書き計算が出来て勤勉で、社会性の高い理想的な人間になるのですか、ということです。

 

 

少なくとも私はそんなことは絶対有り得ないと考えています。

 

 

私自身も政府の義務教育をしっかり小学1年生から中学3年生までの9年間を何とか受け続けられた人間の一人ですが、その中で多くの人を見てきました。

 

 

当時の私も含めて学校の学習について行けない人・意思の疎通の能力も希薄で集団に馴染めないような人も沢山存在したのを覚えています。

 

 

話を戻しますが、人間はそれぞれ性格も適性も価値観も異なる生き物であり、学習の理解速度なども違って当たり前だというのが私の考え方です。

 

 

政府の学校を出たから全ての人間が一定の知識を身に着けられているというのは、それこそ管理する側のご都合主義・楽観的な発想だと私は考えます。

 

 

一人ひとりが本当に納得が出来る方法で学ぶ権利というものを今こそしっかり認識して下さい。


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