「理不尽・不本意」を強制されるのは奴隷と同じ

明らかに不当な要求や不本意な事でも従わなければならないというのであれば、それは奴隷と同じです。

 

 

学校の授業も時間割も、正当性を感じられずに嫌々続ける子供は奴隷と大して変わらないと言えるでしょう。

 

 

奴隷(どれい)とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者をいう。人間としての権利、自由・名誉を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。所有者の全的支配に服し、労働を強制され譲渡・売買の対象とされた。
 
 
Wikipedia インターネットフリー百科事典より引用

 

 

確かに日本では厳密には政府の学校への通学義務などは存在しませんが、学校に行かなければならないと思い込んでいる子供・大人の数は本当に多いものです。

 

 

そして、何があっても学校の決めたことには従わなければならないと思い込んでいる人々も数多く存在していますが、それは結局子供が学校の奴隷と化しているからではないでしょうか。

 

 

「子供は別に何も強制されていないだろう」
「学校の所有物として扱われてないじゃん!」

 

 

・・・というような声も聞こえてきますが、実際はどうでしょうか?

 

 

学校では決められた授業を強制されますし、いつどこでどんなことをするかも全部学校が取り仕切っています。

 

 

で、従わなかったり命令に反対したりすれば教師から注意されたり、場合によっては体罰もあるでしょう。

 

 

「なんでお前は命令に従わないんだ!」

 

 

・・・という感じだと思いますが、結局はこんなものなのです。

 

 

意に沿わない理不尽で無意味なカリキュラムなどを押し付けられるのはもはや奴隷です。

 

 

私自身も幼少の頃から学校という組織への不信感や嫌悪感などがずっと存在し続けていましたが、それでも学校に通っていたのは周りがみんなそうしているからという同調圧力からでした。

 

 

教師の命令や学校の決めた明らかになんの意味もないような時間割・行事などを、ただ仕方なく続けているだけだった記憶しか私にはありません。

 

 

自由人を目指した方が健康的

 

 

政府の学校の授業などが気に入らなければ、従わなければいいだけです。

 

 

私は何も、何でもかんでも反発して好き放題振る舞うべきだと申し上げているのではありません。確かに、人間が生きていく中で我慢しなければいけないことも多々あるでしょう。

 

 

また、覚えるべきことや学ぶべき大切なことも沢山あるのはわかります。

 

 

ただ、政府の学校は子供に不利益にしかならないような運営・管理を行い、児童生徒らを単なる奴隷として扱っている感が否めないのです。

 

 

それならば、学校に価値を感じない個人は学校を離れて本当に大切なことなどを自分の納得できる環境で思い切り学び成長した方が遥かに有益だと思います。

 

 

学校でしか人は成長できないと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、そうした考えの方はどうぞお好きなように学校で成長して下さい。

 

 

しかし、私は学校を離れても人は十分進化できると信じている人間です。


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