学校が全員の最良とは限らない

学校が最良の選択かどうかは個人の価値観によりますが、少なくともすべての人間にとって最も満足できる選択ではないはずです。

 

 

政府の学校に行かないという人が少ないだけで、政府の学校以外の場所が最も自分に合っている学習環境だという人々も存在していいのです。

 

 

最良=最多ではないことに気づくべし

 

 

日本ではフリースクールやホームエデュケーションなどの脱学校という道を選択している人の数はまだまだ少ないのですが、それはそうした選択をする人が異常だからでしょうか?

 

 

言うまでもないことですが、そんなことはありません。

 

 

何も考えずにみんなと同じことをするだけの方が簡単であり、実際は楽だから何も考えずに多数派の政府の学校に通学する選択をしている人が多いというだけです。

 

 

フリースクールなどの選択自体がまだまだ広く認知されていないという背景がある為に、政府の学校に通うというのが一般的になっているだけです。

 

 

冷静に考えるべきなのは最良の選択とは最も多くの人が選んでいることなのか、ということです。

 

 

日本では高度経済成長期に終身雇用が普通だったために大企業や公務員などへの就職ルートが最も安定していると言われていましたが、現在はもう大企業だから安泰という時代ではなくなっています。

 

 

1つの会社に就職すれば半永久的に安定が約束されるなどということが過去の常識になってしまったわけですが、それでも会社に雇用されて給与所得だけで生活している人が多数派です。

 

 

それならば会社に自分の生活の基盤の安定を求めずに、雇われずに稼ぐ力を身に着けてしまった方が現実として私は正しいと思うのですが、そうした道を選ぶ人はまだまだ少数派です。

 

 

そして、これは教育のあり方についても同じことが言えるはずです。

 

 

現状の政府の学校では長年問題が山積みとされてきて、2000年代になっても数多くの悲惨な事件や問題などが全国各地で発生しているのが現実です。

 

 

それでも子供の生命の安全などが確保されていないような場所だという認識が広く認知されているはずなのに、学校に子供を通わせる家庭の数が最多なのです。

 

 

これはどう考えても異常なことなのではないでしょうか。

 

 

学校が危険な場所だと感じるのであれば子供を学校に通わせずに、学校以外の場所で教育を受けさせる方が少数でも正しいと言えるのではないかと私は考えます。

 

 

大勢の人が選んでいる道だからなどの理由ではなく、何が本当に大切で価値のあることなのかということを考えれば学校に通うのが共通の正解などではないことがわかるはずです。


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