子供は学校に行けるから価値があるのか

子供は学校に通学していても通学していなくても、本来生まれ持った価値というのは変わりません。

 

 

しかし、学校に通わない子供を抱える親は子供を落伍者のように扱うことが少なくないものです。

 

 

学校に通える子供が優等生で、学校に行けない(行かない)子供は劣等生という思考が何よりも子供を苦しめるものです。

 

 

まずはとにかく、子供が学校に行くのが当たり前であるという認識を改めましょう。

 

 

学校ありきの子育てをやめること

 

 

日本は戦後から民主化教育という流れになり、教育は国民1人1人のための権利という扱いになりました。

 

 

しかし、現実にはまだまだ政府の決めた学校教育に従えない子供は出来損ないのように思われるという状況が続いているものです。

 

 

そうした風潮が続く中でフリースクールなどの民間の教育団体などが多数設立されはじめたことで、ようやく学校至上主義から目を覚ます家庭の親も増え始めました。

 

 

ただ、それでも政府の教育組織に属していないことへの不安や、世間一般の教育方法とは違う方針をとっている家庭の親は子供を低く評価しがちなものです。

 

 

しかしそれは結局、単なる親の自己満足や周囲からの同調圧力に負けて子供を学校という枠組みの中で評価しているだけの可能性の方が遥かに高いと言えます。

 

 

よく考えるべきなのは、子供は学校に通うべきだという価値観が本当に子供のためになっているかどうかということです。

 

 

そして、子供自身が政府の学校というものに価値を感じなければ、学校を離れて子供を成長させるという考えを親がしっかり持って下さい。

 

 

私は当事者である児童生徒らが学校という組織に価値を感じていないならば、どんどん学校を離れればいいという考えの人間です。

 

 

なぜならば、そもそも子供が政府の学校に通い続ける必要など最初から存在しないからです。

 

 

それにもかかわらず、学校に通えたかどうか・成績の良し悪しという基準で子供がつまらない条件付きで評価されているという現状はどう考えても異常なのです。

 

 

子供の最大の支援者や良き理解者になれる人物は、学校の教師でも肩書きだけがご立派な教育関係者でもありません。

 

 

子供にとって家庭の親こそが唯一最大の「頼れる人」であることをまずしっかりと認識しましょう。

 

 

そして、頼れる親である為にも親はとにかく子供を信じて尊重して下さい。

 

 

「テストでいい点を取れたかどうか」
「休まず学校に通えたか」
「苦手な科目を得意にできたかどうか」
「学校の命令にきちんと従っているか」

 

 

・・・などなど、こうした条件付きの愛情というものではない本当の本来の価値というものを親がしっかりと認めてあげることは、義務教育からの脱出の上で絶対条件です。


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