日本人をつくった教育

「日本人をつくった教育」を読むことにより、日本の義務教育が開始される以前の日本人がどのような環境で学び育っていたかが分かります。

 

 

日本人をつくった教育―寺子屋・私塾・藩校 (日本を知る)

1400円

 

 

政府の学校から脱出し、参考にするために読む必要は特にありません。むしろその為に買うのはお金の無駄です。

 

 

しかし、過去の歴史をさかのぼることで昔の日本人の教育の方が現在の学校教育などよりも質が高かったのではないかと思えるようになることは、まず間違いないでしょう。

 

 

一般市民とされていた商人や職人・農家などの人々は寺子屋で学び、武士は藩校を中心として学び育っていたのですが、明治になるまでは殆ど任意的に個々人が学んでいたことが分かります。

 

 

基本的に学ぶことを強制されていたのは武士などのごくわずかな階層だけだったことには特に注目して欲しいと思います。

 

 

競争など殆ど存在しなかった庶民教育

 

 

私がこの本を読んで素晴らしいなと感じた点は、過去の庶民の教育機関にあたる寺子屋などは全体一斉授業ではなく、個々人が内容を理解できていたかどうかが最重要とされていたことが分かる点です。

 

 

学習内容が理解できない子供がいても、理解できている別の子供らが教えて手を差し伸べるという体制が、現代の競争だらけの学校教育とはなんともかけ離れていると思えるでしょう。 

 

 

みんなと同じ時に同じことをしろと命令され、そこについていけない子供が否応なく劣等生・落ちこぼれの烙印(らくいん)を押される現代の教育とは正反対だったのです。

 

 

そして、テストや成績による序列付けなどもほとんど存在しなかったことが伺えるので、ぜひともこうした事実は実際に1度本を手に取ってご覧になってみて下さい。

 

 

長年学力で世界最高とされていたフィンランドの教育方針も、競争をあおって優劣をつけさせるというものではなく、個々の学習理解度が最優先とされていたものです。

 

 

これは過去の日本人の寺子屋の教育方法と非常に近いものがあるのではないでしょうか。

 

 

真の教師とは何なのか

 

 

そしてもう1つ考えて頂きたいことは、教師とは何かということです。

 

 

寺子屋などの師匠(教えを与える経営者)は、授業料などを取らないところも相当数存在したと言われています。

 

 

もしくはお金を取るとしてもそれは義務的なものではなく、募金感覚のような状態の寺子屋も存在したことが分かります。

 

 

何よりも、この当時には「免許を持った人だけが子供に勉強を教えていいですよ」などという決まりなどありませんでした。

 

 

教員免許を持っているから偉いとか、教師だから子供を管理する権限があるなどという思い上がりが存在しなかったことはとても参考になるのではないかと思います。

 

 

フリースクールやホームエデュケーションの参考にはならないかもしれませんが、先祖らの成長を支えてきた教育に学ぶことは現代でも山ほどあるはずだと思います。


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