ソ連誕生と教育制度の本質

ソ連の誕生と共産主義思想を理解し、ソ連の教育理念に注目することでそれまでの資本主義社会の本質が分かります。

 

 

資本家のための世界からの脱却

 

 

 

1922年に世界初の社会主義国家であるソビエト連邦(現在のロシア)が誕生しましたが、これは産業革命以後に主流となった資本主義社会とは反対の国家を作るというのが当初の目的でした。

 

 

そして、この社会主義の理念というのは資本主義社会の実質的な支配者である資本家(ブルジョワジー)が圧倒的多数の労働者(プロレタリアート)を搾取する現状を終わらせるためというのが原初の理想でした。

 

 

共産党宣言などで有名なカール・マルクスは、「人類は歴史上、支配者と奴隷の関係に終始している」という思想・結論を導き出しました。

 

 

産業革命以降は資本家と労働者がまさにこの関係であるのは明白で、だからこそ資本家が社会の多数派である労働者を搾取している流れを終わらせるために、資本主義社会とは間逆の体制を望む人々が増えたのです。

 

 

「全ての人が豊かになる」ことが理想

 

 

資本主義では富の自己所有・偏在化というのが普通であり、豊かな人間と貧しい人間に分かれてしまうのが問題とされていました。

 

 

例えば、お弁当でも何でもいいのですが1個2000円の商品を1日1000個作れる工場があったとしましょう。

 

 

そうすると1日の売り上げはざっと計算すると

 

 

2000×1000=2,000,000

 

 

となり、合計1日で2百万円です。そしてそれが30日続くので1か月で6千万円の売り上げです。各種経費などを差し引くと最終的には2000万円の利益が工場の所有者の物になるとしましょう。

 

 

資本主義社会ではこの2千万円のほとんどを経営者となる産業資本家がピンハネしてしまうことが普通です。

 

 

例えば1500万円を資本家が持っていき、従業員が50人いるとすると残りの500万円を一人10万円の給料という形で雇い続けるというような現象が資本主義の基本形です。

 

 

工場は俺の物だからそこから生まれる金は全部俺の物なんだという感覚で、富を労働者に還元するという思考は殆どありません。

 

 

 

 

 

しかし、この悪質な搾取を許さず、みんなが同じお金を得て幸せになろうというものが共産主義です。
 
 
今までは資本家らが独占していた工場などの生産手段や財産などを国や共同体で管理し、生産された利益を公平に分配・共有することで全ての人が平等に暮らせる社会を作ろうという思想が生み出されました。

 

 

この場合では工場は資本家のものではなく、共同体(つまり全員の所有物)の工場という扱いになります。

 

 

そして、利益が毎月2000万円あるとすれば、これを51人で平等に公平にきちんと分配しようというのが共産主義の考え方です。

 

 

20,000,000÷51で、全員が約40万円近い給料を得て幸せになれるという発想です。

 

 

 

 

 

資本主義

共産主義

 富の私的所有を認める

富の私的所有の禁止

経済格差のある世界

貧富の格差の無い世界

 

 

これこそが共産主義思想であり、産業革命以後の奴隷扱いされていた工場労働者などが夢見た理想の社会でした。

 

 

労働時間・賃金・身分階級などの全てが平等で差が無い社会を作るというのが当初の目的でありますので、私自身も実現できるならば素晴らしい世界だと思います。

 

 

ちなみに社会主義と共産主義の違いというのは進行状態の違いにあり、共産主義が完全に目的が果たされた状態だとすると社会主義は共産主義に至る前段階の発展途上の状態を指します。

 

 

資本家のための教育の排除が叫ばれた

 

 

実は旧ソビエト連邦の誕生直後には独自の教育理念として、3つの原則が存在しました。

 

 

1 教育の階級性

 

2 教育と労働の結合

 

3 社会主義的民主主義

 

 

ソ連が誕生して資本主義社会とは正反対の国家運営が目標とされた中で、教育制度自体にも大きな変革が求められました。

 

 

それまでの資本主義社会における大衆への教育というのは、少数の資本家たちに必要な労働力を育てるための制度というのが一般的で、階級分類装置とも呼べるようなものでした。

 

 

労働者の子供は資本家の下で忠実に働く「優秀な労働者になるための教育」しか受けられないと言う声が社会主義者や労働者の中から叫ばれるようになったのです。

 

 

そこで教育においても変革が求められ、それまでのブルジョワジー(資本家)の為の教育を廃止し、社会主義国家においてはプロレタリアート(労働者)が主役になれる教育制度を確立すべきだという方針になりました。

 

 

これらの教育の改革などにより教育内容の近代化が進められ、特に識字率には大きな変化が見られました。

 

 

ソ連が誕生する前まではロシア帝国でしたが、その当時は識字率は20%前後しかなかったといわれており、人数にして1億人以上の市民が文字が読めませんでした。

 

 

その後は改革によりこうした現状が徐々に改善に向かいましたが、教育の世界も問題は数多く存在しました。

 

 

工業地帯・農村部の家庭の就学率の低迷化やブルジョワジーとプロレタリアートの教育格差など、公教育は結局資本主義社会のそれと大差の無い結果に終わりました。

 

 

ただし、ここでよく覚えておくべきなのは当初の旧ソビエト連邦は従来の資本主義社会の低賃金で雇用される労働者を作るという教育制度に反対していたということです。

 

 

未完成のまま終わった共産主義

 

 

資本主義社会では労働者が資本家の利益を生産する一種の機械の部品として扱われますが、その扱いは相当に酷いものでした。

 

 

この流れを変えるための希望として社会主義(共産主義)が注目されたわけですが、現実はこの理想どおりにはなりませんでした。

 

 

実際はソビエト連邦共産党などの中央政府組織などでは不正や国民への言論統制・賄賂(わいろ)などが横行していました。

 

 

なおかつ肝心の労働者らの食料生産などが全く追いつかないことなど、国家全体が機能不全状態に陥っていたのです。

 

 

社会主義国家(共産主義)における仕事というのは資本主義社会とは異なり、基本的に中央政府から割り振られた役職をただこなすだけというものなのです。

 

 

自らが職業を選択するという概念自体がまず存在しません。

 

 

そしてこの役職においても共産党などからの「ノルマ」、つまり規定の労働量が課せられるのが一般的でした。

 

 

ノルマが果たせない場合は容赦なく逮捕・事実上の処刑などの扱いを受けるので、不正手段を使って処分を回避しようとする人も出てくる始末です。

 

 

また、労働時間と賃金も全ての人が平等になるということは頑張って労働する人も怠けて殆ど労働をしない人でも賃金が同じということです。

 

 

これでは労働に対する意欲など上昇するはずもありません。

 

 

結局は新しい支配者の為の世界だった

 

 

実際のところ、この共産主義・社会主義をとなえた国家というのは実質的には共産党などの国の上層部の権力者たちが国民を搾取するという体制にすぎなかったというのが実情です。

 

 

資本家という支配者の存在しない世界を作るはずが、結局は新しい支配者が現れて権力を独占する国家を生み出したにすぎないという結末になりました。

 

 

ただ、勘違いしてはいけないところはマルクスら社会主義・共産主義を提唱した人々が望んだ原初の共産主義というのは支配者が存在する世界ではありませんでした。

 

 

支配者が存在せず、人々が誰にも抑圧されず、経済的格差も貧困も存在しない理想の居場所を作り出したいという願いは真実だったことは間違いありません。


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