落ちこぼれ・落伍者扱いしないこと

不登校の子供は、落ちこぼれでもなければ落伍者でもありません。

 

 

また、社会不適合でもないのです。

 

 

学校に行かないという選択をとっているだけの1人の人間である事を、親がまずしっかりと認めることは本当に重要な事です。

 

 

「駄目な子」などではなく、個人の選択

 

 

日本では学校信仰が圧倒的多数派なので、そこから脱線する子供を駄目な奴扱いする風潮がありますが、これは間違いです。

 

 

何時の時代にも学校に行かない子供は存在しましたし、それこそ過去の日本ではその殆どが不登校だった時期もありました。

 

 

現代では就学率・登校する児童の数がとにかく高いために、学校に行くのが当たり前という価値観が世の中に出回ってしまっただけです。

 

 

学校に行けない・いきたくないと思うのはそもそもとして誰にもあります。

 

 

大人だって会社なんて行きたくないと思うことは別に現代社会では珍しくないでしょう?それと同じ事なのです。

 

 

学校に行くのが当たり前・学校に行かないのはおかしなことという空気が、多数派になってしまったからこその現象なのです。

 

 

しかし、少数派に目を向ければ不登校の見方もまるで変わってきます。

 

 

現代ではフリースクールをはじめとして、様々な民間教育の選択肢が存在します。それこそ、学校に行かない人生だって1つの選択なのです。

 

 

実際、私の知り合いにも学校など殆ど小学校のときから通学しなくても、今では社会で立派に活躍されている方がいます。

 

 

また、学校に行っていなかった人でも大金を稼ぎ出し、豊かに生きられる人生を獲得された方も知っています。

 

 

学校に行かなければ困った人生になるという人は多いですが、それは自分たちの頭でしっかりと考えていないからではないでしょうか?

 

 

何も考えずにみんなと同じことをすることが、この国では最良とされています。

 

 

みんなと同じように小中学校・高校などに進学し、就職することが正解だと言われているのです。

 

 

そして、あたかも道はそれしかありませんとしか言わない・言えない大人で溢れていると思うのは私だけでしょうか?

 

 

子供の選択というものが本来ならば最大限尊重されるべきなのですが、日本では学校に通える人が一番えらいなどという価値観で溢れています。 

 

 

この不登校にせよ、本当に問題なのは不登校という現象ではなく、不登校を問題と見なすものの見方こそが最大の問題のはずです。

 

 

学校に行かなくても別に当事者などが困るような事がなければ、学校に行かない人が増えようが何の問題もないのです。

 

 

学校に行かなくても勉強できる環境を大人が用意し、人との対人関係などを築く力などを備える事ができれば、何も問題などありません。

 

 

そうした生きるための力を学校でしか学べないなどという洗脳こそが、最大の問題だと私は考えます。

 

 

不登校で立派に生きる力を身に付けて社会で活躍している人の方が、私は何となく学校に通う人よりもずっとカッコイイ存在だと思うのです。

 

 

今の公教育を考え直し、不登校が落ちこぼれなどではなく個々人がきちんと学校という組織の中で尊重されていないことに、もっと大人は目を向けるべきなのではないでしょうか。

 

 

不登校のわが子を落ちこぼれだと親が思い始めると、当事者は本当に苦しいのです。

 

 

学校に行かないことが正当な1つの権利であり、個々人の選択であるという真実を教えないと、不登校の子供は何をするにしても消極的になる傾向が高いといわれています。

 

 

学校に行きたくなければちゃんと別の道もあるというのが現代社会の真実なのです。

 

 

不登校は落ちこぼれでも落伍者でもありません。

 

 

学校に価値を感じられない人としての当然の反応なのです。


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