強制収容所に絶対預けないこと

不登校のときに絶対にやめるべきことは、子供を強制収容所(矯正施設)に預ける事です。

 

 

過去、こうした学校に来ない児童生徒らを囲い込んで、学校に何が何でも行かせようとする風潮がありました。

 

 

しかし、その中で問題視されたのは陰湿な暴力や体罰・虐待などを平然と行い、死人まで出すような施設です。

 

 

世間体と命を天秤にかけるのは愚か

 

 

1960年〜80年代の日本で、不登校・登校拒否などのいわゆる「学校に来れるのに来ない人」が問題になっていた時に、民間の間でそうした子供を少しでも減らそうとする動きがありました。

 

 

もっとも、不登校だけではなく色々な非行・問題行動を起こすような児童生徒らも懸念されていたのですが、とにかくそうした学校に適合できない人を学校に合わせようとする風潮が過去の日本で根強かったのです。

 

 

そして、その当時戸塚ヨットスクールなどを筆頭として、不登校・引きこもり・家庭内暴力などで学校に寄り付かない人を叩きなおすという施設が出始めてきました。

 

 

そうした施設の目的というのは至って簡単で、どんな手を使ってでも不登校などを直して学校や社会に復帰させることでした。

 

 

ようするに、学校に行かないという現象を当事者の「甘え・怠惰」であると決め付け、酷い体罰や陰湿な嫌がらせなどをしてでも直そうとしたのです。

 

 

結果どうなったかというのは、恐らくあなたも既にご存知かもしれませんが、自殺する人や暴行・虐待を受けて死亡する人まで出てしまったのです。

 

 

また、90年代からでもごく少数ながらこうした酷い矯正施設は存在しました。

 

 

1991年の風の子学園事件も正に強制収容所で、不登校などを非人道的な手段を使ってでも止めさせると言うものでした。

 

 

そして、結果的に死者も出たという悪質な監禁致死事件だったのですが、これも結局は1980年代の施設などと何ら変わらない事件だったのです。

 

 

私が思うにこれは学校に行かない選択を1つの生き方だという価値観を持てなかった大人の過ちだったと思うのです。

 

 

自分の人生にとって大切なことが何も学べないと思うような空間に、膨大な時間を拘束されることを嫌う人をわがままだと決め付けて、非難していたからです。

 

 

そして、そのわがまま・社会性の無さ(大人の馬鹿な価値観)を、どんなことをしてもいいから変えさせようとして、こうした強制収容所に当事者を預けたのは誰でしょう?

 

 

そう、他でもない大人(この場合は保護者である親)なのです。

 

 

「子供は学校にいくべきだ」
「学校に行かないのはおかしい」
「学校に行かないと人間が駄目になる」
「将来何も出来ない大人になってしまう」

 

 

・・・こうした馬鹿げた価値観しか持たない大人が、子供をそうした施設に預けて学校に行かせようとしたからこそ悲劇はおきたのです。

 

 

子供が学校に登校していれば親は楽ですし、なにも恥をかくこともありません。

 

 

それが世間の圧倒的多数派の選択であり、多数決においては正しい選択といわれているからです。

 

 

だからこそ、自分の子供を多数決の中では間違いとされている「不登校児」にさせないために、自分の世間体を守るために施設に入れたのです。

 

 

ですが、学校という行政のサービスをどれだけ価値があるかどうか判断するかは当事者である子供たちです。

 

 

面白くもなく、役に立つかも分からないものに時間を使わされるより、自分が本当に大切にしているものに没頭したいという気持ちは人間ならば至極真っ当な感情です。

 

 

それに、学校など出なくとも生きる道はあるのです。

 

 

学校に通い続けて、死んだ目をしながらただみんなと同じことをするのが正解だという価値観が、本当に正しいと言えるでしょうか?

 

 

学校という既存の制度そのものに欠陥があるという認識を持たず、親が自分たちの世間体を守ることだけを考えていたからこそ、こんな事件が起きたとは考えられないでしょうか?

 

 

学校だろうが会社だろうが何だろうが、命があってこその選択肢なのです。

 

 

それを学校に行かないという一時的な状態を異常なことや怠惰などと決め付けて死に追いやるのは愚の骨頂と言えるでしょう。

 

 

学校に価値を感じられるかどうかは、学校に行っていない親などが決めることではありません。

 

 

あくまでも登校している当人がどう思うかこそが、最大の判断基準であるということをしっかりと再認識して下さい。

 

 

そして、こんな馬鹿げた強制収容所に子供を預けて死亡させるようなことがないように、しっかりと不登校に対する認識を改めましょう。

 

 

学校や矯正施設に預けられて死ぬ人はいますが、そうした場所に行かずに死ぬ人はまずありえません。

 

 

命を守るのか世間体を守るのか、真剣に大人は再考するべきです。


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