犯人探しをしないこと

引きこもりになってしまった原因を探したり、引きこもりになったのは誰が悪いのかという犯人探しは止めましょう。

 

 

これ自体には何の意味もありませんし、当事者や家族の関係が悪化するだけです。

 

 

「今、ここから」を大切にするために

 

 

まず第一に、人間は公式どおりに動く生き物ではありません。

 

 

とても健康そうで、普通に通学していたり仕事をしていた人が、ある日突然病気になってしまうことは珍しくありません。

 

 

そして、病気や怪我などではなくとも、現状の生活などに不満が出てきてしまうことも人間であればやはり誰しも経験があるはずです。

 

 

引きこもりになってしまった人でさえも、過去を振り返ればちゃんと通学できていたり、仕事をしていたという人々も少なくありません。

 

 

性格的にごく普通で、とても良い人であっても何かをきっかけに犯罪に手を染めてしまうことも有り得ます。

 

 

人が機械でない以上、何をしていれば必ずこうなるという方程式に人生はなりません。

 

 

引きこもりもそれと同じ事なのです。

 

 

とても頑張り屋で、周囲の人間のことを真剣に考えられるような人でも、何もしたくなくなり引きこもってしまうこともあります。

 

 

それがどうして何もしたくなくなってしまったのかは、恐らく当事者にも分からないものです。

 

 

ここで原因を追究したり、過去の事を掘り起こしてあれこれと議論を起こす事に果たして価値はあるでしょうか?

 

 

少なくとも私は全くそのような価値が有るとは思えません。

 

 

当事者も殆どの場合はとても苦しく、そうでなくとも居場所を感じられずに生きていく恐怖や孤独感を常に感じているものなのです。

 

 

ここで引きこもりになった理由を聞き出したり、原因追求などをするというのは自立を支援する上でマイナスにしかならない場合がとても多いものです。

 

 

「当事者が悪かったのか?」
「両親の育て方が悪かったのか?」
「学校の教育が悪かったのか?」
「あの時こうしていれば引きこもりにならなかったのではないか?」
「あの時こんなことを言わなければもっと違っていたかも・・・」

 

 

・・・こんなことばかりが浮かんでくると、もうキリがありません。

 

 

いつから間違ったのか、何がいけなかったのか、もっと別のことをしていればよかったのではないか・・・などなど。

 

 

犯人探しは永遠に終わらないのです。

 

 

そして仮にもし犯人が見つかったとしても恐らく引きこもりは改善されません。

 

 

過去に対する後悔の念がこみ上げてきて、自分自身にそれが向けば無気力や自尊感情の低下に繋がります。

 

 

反対に犯人(原因)が他人になれば、不満や怒りなどが増すばかりでいいことはありません。

 

 

他者に対する不満や怒り・最悪の場合は殺意にも成りえます。

 

 

そうではなく、引きこもりを改善するために必要な事は現状を良い方向に変えることです。

 

 

経済的に裕福でない家庭の親が子供を支えられなくなり、親子で心中したり近親殺人に及ぶという最悪の事態を回避して子供を自立させることです。

 

 

そのために、とにかく過去ではなく今・ここからを起点(スタート)にし、過去は仕方がなかったからもういいんだよというメッセージを届けて下さい。 

 

 

何ヶ月・何年、下手をすれば10年以上引きこもっている場合もあるかもしれませんが、それでも過去はもう拘る事に意味はありません。

 

 

引きこもっていた理由は山ほどあったかもしれませんが、それでも引きこもっていた時期も人生の一部です。

 

 

その事実は変わりませんし、変える必要などありません。

 

 

引きこもりを前向きに捉えるという視点を持ち、責任の所在・誰が悪いという犯人探しを止めることを親子ともに徹底して下さい。


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