自殺事件が起こるという時点で異常

日本に限らず世界でも学校現場でいじめ自殺などの事件は絶えず起きています。

 

 

こうした現象が起こっていること自体がどれだけ異常で愚かなことかということを大人も子供も真剣によく考えて下さい。

 

 

学校自体がおかしな空間ではないか

 

 

学校教育というのは社会通念上、名目としては立派な目標を掲げていると言えます。

 

 

1 人々を賢い市民に育てること
2 人々を善良な市民に育てること
3 人々を社会に貢献できる市民に育てること

 

 

・・・およそ建前としてはこんなものでしょう。

 

 

要するに基礎的な学力などをしっかり身に着けさせて、集団生活を通じて社会性などを育てて立派に自活できる国民を育てましょうという事です。

 

 

そのための準備期間として、政府の学校(義務教育)が存在すると考えているのが一般の圧倒的多数の人々たちではないでしょうか。

 

 

ですが、私はいじめ自殺などの悲惨な事件が起きると、もはやこうした下らない馬鹿げた公教育の実態を美化して誤魔化してはならないという考えの人間です。

 

 

勿論、人それぞれ考え方は違って良いと思いますし、学校に通学し続ける事で得をしたという人はどうぞご自由にお考えになって結構です。

 

 

しかし、私自身は経験上学校のそうした目的が果たされているとは思えません。

 

 

基礎学力を身に付けさせる為の義務教育を受けても、小学2〜3年生レベルの読み書き・計算がまともに出来ない高校生が沢山いるのです。

 

 

私がかつて在籍していた高校もそうでしたし、関係者らのお話を聞いてもそんな事例は山ほどあるという意見でした。

 

 

また、集団生活を通じて社会性を身に着けさせる学校教育で、他者を思いやる事も相手の利益を考えて動く事も全く出来ない人間も数多く存在します。

 

 

そもそもとして社会に役立とうという気力すら持てない若者も珍しくも何ともないのではないでしょうか(私も人のことを偉そうには言えないかもしれませんが)。

 

 

学校教育が本当にそうした意思のある人々をしっかり生み出しているというのであれば、こんな馬鹿げたいじめ自殺などは殆ど起こらないのではないでしょうか?

 

 

いじめ自殺などが起こっているのは、子供らの利益などを全く無視して学校の運営第一という愚かなことを続けた結果だと私は考えています。

 

 

集団一斉で同年齢の子供を隔離し、教師という支配者の下で退屈などうでもいい授業を受けさせ続けて、彼らが価値を感じられるかどうかなどを度外視しているのは今も変わりません。

 

 

テストの点がよければ良い子で、悪ければ駄目な子という差別・レッテル貼りを平然と行い、彼らが何を学んでいるかなどは全く気にもかけないことはザラでしょう。

 

 

そして教師が1人1人を見ることなど出来るはずがありませんので、結局は学校の授業ペースなどについていけない子供も出てきてしまうのです。

 

 

だからこそ、学校を中心に無価値な運営を続ける限り、こうしたご立派な建前が果たされる事はまずありえないのです。

 

 

そして、そんな環境下で勉強も面白くないし、学校なんて意味無いけれどしょうがないから通学しているという連中が、こうしたいじめ問題などを引き起こすことは定番なのです。

 

 

言い換えるならば、学校という組織の体質そのものがいじめ問題を引き起こしやすい土壌を作ってしまっていると言えるでしょう。


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