不幸な人間を学校が増やすから その10

幸福で満たされていると感じる人間は、そもそもいじめなどに時間を使いません。

 

 

学校教育の現場そのものが、無気力で不幸な人間を大量生産しているからこそいじめ問題は起こり続けるのです。

 

 

幸福な時間を奪われた結果ではないか

 

 

いじめ加害者などがよく使う言葉として、

 

 

「遊びのつもりだった」
「酷い事をしているとは思っていなかった」
「少しふざけていただけ」

 

 

こうした言葉がよく出てくるものです。

 

 

聞くだけでも私は不愉快なのですが、これを突き詰めて考えてみると、結局は加害者の人間は学校自体がつまらないから仕方なく登校しているということです。

 

 

なぜそう断言できるのかといえば理由はとても簡単なことです。

 

 

本当に学校が楽しいと感じて、学校の生活そのものに幸福を見出せているならばいじめなどすることはまず有り得ないからです。

 

 

学校の授業や時間割などが自分の幸福だと思えるならば、別にいじめなどする必要はありません。

 

 

絵を描いたり、ひたすら読書をすることでも何でも結構です。

 

 

そうした好きな事や熱中できるものがあり、自分の世界を持っているという人は当然ながら熱中できる事に時間を使います。

 

 

これは人間ならば誰しもが分かることのはずです。

 

 

私も小中学校時代はTVゲームくらいしか打ち込めるものがありませんでしたが、本当に信じられないくらい毎日熱中していたものです。

 

 

しかし、学校というのは基本的に1つのことだけをずっと続けるということは出来ません。

 

 

そして漫画やTVゲームなどの娯楽に時間を費やすなどということも基本的に不可能です。

 

 

本当に熱中できる科目や学習を1日中続けることなどは出来ないようになっており、情熱も何も無い授業でも退屈しながら聞くしかないのが学校です。

 

 

ではそこで考えてみて下さい。

 

 

何も没頭出来るものが無く、退屈で無意味な毎日を仕方なく送り続けている人間というのは、どんなことに熱中しやすいのでしょうか?

 

 

・・・そうです、言うまでも無くここで「いじめ」という悪徳行為に没頭する可能性が高まるわけです。

 

 

私が知る限り、そうしたいじめなどを長年にわたり繰り返していたような人間というのは、殆どなにも熱中できるようなものを持っていませんでした。

 

 

無目的に無気力に学校にとりあえず登校してきて、それが面白くないから退屈な時間を何とかしようといじめや問題行動を起こすのです。

 

 

あなた自身にももしかすると思い当たる節があるかもしれませんが、これは結局学校が子供の本来の幸福に過ごす時間を奪っていることに起因しているのです。

 

 

不幸な人間は同じ空気を撒き散らす

 

 

そして、これは何も子供だけに限ったことではありません。

 

 

大人だって同じようなものです。

 

 

普段付き合っている人間の悪口や陰口などを言い続けていたりすることもあるはずですが、これは自分が不幸だと感じるからではないでしょうか。

 

 

職場が面白くないとか、上司や部下が無能だとか、家族の問題などを抱えて不幸だと感じているとき、その憂さ晴らしをしたくなるというものです。

 

 

不思議なものですが、人間というのは幸福である状態であればあるほどにこうした憂さ晴らしをすることはなくなります。

 

 

逆に、ストレスまみれで面白い事が何もない状態であればあるほど、誰かに不満をぶつけたくなる生き物なのです。

 

 

学校は不満を抱えた人間がとにかく多いので、それを誰かに向けて発散したくなるというのもある意味では正しいことかもしれません。

 

 

同じような人間が沢山集まれば、それが標準的な価値観になるという人間の習性は良くも悪くも顕著です。

 

 

いじめが蔓延し、退屈で不幸せな人間ばかりの集団では、同じような空気を撒き散らす人間が集まり増殖するのです。

 

 

幸せを感じられる組織・集団を大人が何とか整えるという努力も、いじめを起こさないためにも必要な要素なのです。


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