堂々と大人に助けを求めること

いじめが明らかに酷い状態で進行していると判断した場合には、信頼できる大人を頼り速やかに解決して下さい。

 

 

被害者である子供自身だけで何とか解決できる問題というのは、本当に少ないのです。

 

 

だからこそ大人をしっかりと動かして、事態を好転させなければなりません。

 

 

「大人を頼る」は賢く適切な選択

 

 

いじめで陰湿な嫌がらせなどを受けて、肉体的にも精神的にも苦しくとも何も言わずに誰にも相談できないでいる人は少なくありません。

 

 

その根底にあるのは

 

 

「いじめられていて、大人に助けを求めるのはかっこ悪いこと」

 

 

だという認識があるからではないでしょうか。

 

 

私自身も過去にそのような経験があり、実際大人に助けを求めるという事が出来ていなかった時期もありました。

 

 

恐らくこの文章を読んでいるあなたも同じような状態であるかもしれませんが、ここで断言します。

 

 

どのような形であれ、信頼できる大人を頼って速やかに解決して下さい。

 

 

いじめられているというのは別に恥ずかしいことでも何でもありません。

 

 

いじめが起きるのはそもそも加害者の精神年齢や人間性の問題であって、被害者の問題では無いからです。

 

 

仮にもし被害者に何かしらの問題があったところで、それを口実にいじめをしていい理由には絶対になるはずがありません。

 

 

どんなときでも悪いのは加害者です。

 

 

その加害者から身を守る術として、立場上有利であり適切な信頼できる大人を動かすのは最も賢く適切な選択であると考えて下さい。

 

 

いじめというのはそもそもとして、加害者も人に嫌がらせをして苦しめているという感覚は殆どの場合、大小の程度はあれど存在するものなのです。

 

 

だからこそ、同等の立場にいる被害者がどれだけ加害者に

 

 

「嫌だから止めて」
「不愉快だし苦しいんだよ!分からないのか?」
「いい加減にしろ!」

 

 

このようにいじめという人権侵害行為を止めるように言い続けたとしても、殆どの場合何も変わりません。

 

 

何を隠そう私が過去にそうした経験をしてきたのでよく分かるのです。

 

 

私もよく自己主張が苦手だったので大人たちからは

 

 

「いじめられているなら、嫌だとちゃんと言いなさい!」

 

 

・・・などとよく言われていたものです。

 

 

しかし、そんなことは言われなくともしっかりと加害者の人間に幾度と無く言い続けていたことです。

 

 

要するに、その程度の事では加害者がいじめ行為を止めるはずがないだろうということなのです。

 

 

遊び感覚で苦痛を与えて、それが罰せられなければ問題ないと考えているような人間たちの行いを、いじめ被害者だけで何とかしろというのは不可能です。

 

 

いじめというのは加害者が大人や社会組織から断罪されて、自身の愚かさと罪深さを心の底から認識して気付かない限りはまず延々と続くものです。

 

 

そして、厳しい言い方かもしれませんがそれは社会の中で優位な立場にある大人側の行動でしか実現できません。

 

 

だからこそ、いじめが起きていて苦しいと思うのであれば我慢する必要は何も無いのです。

 

 

堂々と大人を頼り、きちんと解決するように伝えれば良いのです。

 

 

犯罪解決を外部に頼むのは自然で当然

 

 

そして、これは犯罪被害にあった人が警察などを動かして事件の解決を図る事と原理は全く同じ事です。

 

 

傷害事件でも窃盗事件でも何でも結構ですが、犯罪による肉体的・精神的被害を受けた人が外部組織を頼って事件の解決などを行うのはごく普通であり正しいことです。

 

 

だれも警察も弁護士も使わずに、被害者が独力で解決しろなどという人はまずいません。

 

 

社会の中で一定の規律や規範を乱した人間の処分や処罰、被害者の救済を社会全体で執り行うというのは正常な流れです。

 

 

いじめ自体も悪質なものになれば法的手段を使うべき場合もあるのであれば、犯罪そのものです。

 

 

これをいじめられている人だけで何とかしろなどという方が不自然であり、おかしいことだというのはよく考えれば簡単にわかるでしょう。 

 

 

どんどん大人を頼りましょう。

 

 

それは恥ずかしい事でも卑怯なことでもなんでもありません。

 

 

卑劣で悪徳なのは加害者なのですから、被害者は堂々としていればいいのです。


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