いじめが自然に解決することを期待してはダメ

学校の中で起こるいじめというのは、とにかく基本的に自然に無くなる可能性はかなり低いということを覚えておいて下さい。

 

 

重要なのは被害者が少しでもおかしな扱いをされていると感じたときは、速やかに大人に助けを求めたり、不登校になることです。

 

 

我慢していても無くなる訳が無い

 

 

いじめというのは、ある人間が他の第三者に対して不当な扱いをしたり、違法行為や人権侵害行為を行うというものは再三にわたって説明してきたとおりです。

 

 

で、このいじめという現象が我慢していれば、耐えてさえいればそのうち終わるという意識を持っている当事者も少なくないと思われます。

 

 

しかし、これは絶対に止めて下さい。

 

 

いじめというのは、いじめをする意思のある加害者と被害者が同じ空間にい続けている限り、いつまでも無くならないものだという認識を持って下さい。

 

 

私自身もこれは過去に多くの経験がありますが、やはりどうあってもいじめの加害者が私の言葉などによって心変わりすることはまずありませんでした。

 

 

私の場合はしっかりと基本的に大人をすぐに頼って解決を図っていたので、長期化することというのはかなり少なかったのです。

 

 

何やかやで私の小中学校時代の教師や育ての親は、こうしたいじめ問題については相当厳しかった側面があったので、幸運でした(ろくでもない教師も多かったですが)。

 

 

しかし、逆に言うならば私が「自分はこうした悪質な嫌がらせなどを受けている」と大人たちに相談していなければ、何ヶ月〜何年も同じようなことが続いていた可能性もありました。

 

 

だからこそ、まずはとにかくいじめは自然に解決するものではないということを覚えて下さい。

 

 

自然に解決する可能性があるとすれば、

 

 

1 加害者が病気や事故で負傷し、登校できなくなる
2 同じく病気や事故などで死亡してこの世から消え去る
3 卒業やクラス替えなどで同じ場所にいることが殆ど無くなる
4 被害者が転校する等で、物理的に接触することが無くなる
5 クラスの誰かや教師などが気付いて、解決してくれる

 

 

こうしたレアケースくらいでしょう。

 

 

しかし、これを待っていてもいじめは無くなりませんし、確立は低いといわざるを得ません。

 

 

無意味な奇跡を待つよりも、現実的で今すぐできる打開策を実行するべきです。  

 

 

耐えていても加害者は付け上がる

 

 

日本では

 

 

「我慢は大切なことだ」
「みんなとはちゃんと仲良くしましょう」
「耐えることは美徳です」

 

 

などという言葉があるおかげで、こうしたいじめ被害がある意味では正当化されている風潮が少なくありません。

 

 

しかし、ここでハッキリと断言しますが、いじめは耐える意味はありませんし、耐えるべきものでもありません。

 

 

いじめを耐え続けて本当に精神を病み、挙句の果てには自傷行為や自殺に追い込まれてしまうような現代のいじめを、我慢しろという方が異常でおかしな話です。

 

 

加害者を擁護するだけの戯言でしかないので、聞く必要はありません。

 

 

いじめの解決に必要なのは加害者と被害者を即刻隔離し、一般社会の倫理規範をわきまえた大人たちが加害者の人間を断罪して、いじめを止めさせることです。

 

 

そして、再発を起こさせないようにすることと同時に、学校以外の居場所や選択肢などいくらでもあるという現実を被害者に教えて、生きる希望を与えることです。

 

 

大人に助けを求めるのは少しもかっこ悪いことではありません。

 

 

大人だとしても不当な犯罪被害にあえば、誰もが警察などに助けを求めるでしょう?  

 

 

それと同じ事なのです。

 

 

いじめを耐え続けても喜ぶのは加害者や、学校関係者くらいです。

 

 

しかし、あなたの人生にそんな無意味で苦痛なだけでしかない時間を大量に埋め込む必要性は皆無です。

 

 

堂々と逃げて、堂々と大人を頼りましょう。 

 

 

学校など行かなくても生きる選択肢は山ほどあるのですから。


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