劣等感を植え付ける教育はおかしい

日本の学校では何かと子供の出来ないことや不得意な部分を指摘し、児童生徒に劣等感を植え付けるということが非常に得意です。

 

 

しかし、そもそもとして学校の授業自体が殆ど役に立たないようなことを繰り返しているのですから、学校で劣等感などを根付かせる意味など存在しません。

 

 

何よりもまず人は1人1人違いが存在し、適性や向き不向きなども全て違って当たり前という思考が出来ないのが学校関係者の特徴でしょう。

 

 

「出来ること」ばかりの人間など存在しない

 

 

例えばですが、野球選手で有名なイチロー(鈴木一郎)氏がいらっしゃいます。

 

 

野球の世界で突出した能力・結果を出したあの方は、パソコンのプログラミングなどが得意でしょうか?

 

 

高校・大学課程などの複雑な方程式を熟知しているのでしょうか。

 

 

・・・恐らくというよりも、ほぼ間違いなく出来ないはずです。

 

 

もしかするとですが、平均的な労働者扱いされるはずの一般会社員も出来ないというかもしれません。

 

 

ですが、だからと言ってイチロー氏を駄目な奴扱いする人間など存在するとは私は思えません。

 

 

他にも、アインシュタインなどは数学分野において突出した才能を発揮した天才ですが、数学以外の教科は殆ど出来なかったと言い伝えられています。

 

 

しかし、アインシュタインを数学以外何もできない無能呼ばわりする人間などいないでしょう?

 

 

そうした能力のある人々はできない分野が沢山あっても騒がないのに、なぜ小中学校などの児童生徒らが出来ない科目や不得意なことがあるといつも騒いでいるのでしょうか。

 

 

人は生まれながらにして、人生の目的も違えば授かった能力も何もかも違うのが普通なのです。

 

 

万人に平等な教育を施しても、すべての人が同じ結果・能力を出せるはずがありません。

 

 

出来ないことばかりを粗探しして子供に劣等感を植え付けることに大部分の学校関係者らは躍起になっています。

 

 

でも、それは管理する側の都合の良い思い上がりです。

 

 

人間を機械のパーツの1つのような感覚で見ているから、学校の中で不得意なことや出来ないことを子供に強制し身につけさせるという発想になるのです。

 

 

それを言うならば、管理している側の教師たちだって万能な人間などいません。

 

 

出来ないことや知らない分野だって教育関係者自身が山ほど抱えているのは誰が考えてもわかるはずでしょう。

 

 

つまらない授業やどうでもいいテストの点などで児童生徒らに圧力をかけて、個人の能力や才能が開花するのでしょうか。

 

 

学校という空間で劣等感を植え付ける政府の教育というものを見直すべきです。

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