全体教育は無意味

全体教育という一斉授業が日本の学校の基本方針ですが、生徒一人ひとりの学習速度は違うのです。

 

 

結論から言うと、こんな非効率な方法はもういい加減やめるべきです。

 

 

ある人は置いてけぼりにされ、ある人は時間の無駄

 

 

今の日本の学校は教師1人が30人〜40人という多人数に対し、一斉に授業を行い同じ速度・同じ内容で教科書などを教えるというものです。

 

 

予め定められた学習指導要領や教育委員会などからの指示によって、教科書のどの内容をいつ教えるかを教師は指示されているわけです。

 

 

しかし、進学校ではないにせよ勉強ができる子供もいますし、反対になかなか理解が追いつかずに取り残されるような子供も必ずと言っていいほど出てきてしまうのです。

 

 

こんな状態では学校の授業では物足りず不満を抱く子供も出てくれば、授業内容が理解できなくなり途中で挫折してしまうような子供だって出てくるのは至極当然でしょう。

 

 

「今の授業の内容なんてもう知っている!」
「もういいから、他のことを学びたい!」

 

という人や、反対に

 

「いまいち理解できない、どうしよう」
「もう分からない、他の人はみんなできているのに・・・」

 

 

という形で、個々人が求める速度を全体主義教育では出す事など不可能なのです。

 

 

私としてはもうこの時点で現在の義務教育・学校教育が子供のために存在するなどという綺麗事を信じることはできません。

 

 

要するに、「一人ひとりの習熟度・理解度などは関係ないからお前たちは学校が決めたことをやりなさい」という暗黙の圧力が存在するのです。 

 

 

あくまでも教師の安心感というだけ

 

 

全体の一斉授業で得をしているのは結局誰なのかと言うと、それはつまり教師だけではないでしょうか。

 

 

子供たちの理解度や満足度など関係なく、要するに「自分はしっかり上から指示された単元・内容を教えている」という教師の安心感に過ぎないのではないかと思えてなりません。

 

 

こんな方法で本当に子供達の学習意欲は高まるでしょうか。

 

 

私はとても児童・生徒らの学習意欲などが高まるなどとは思えません。

 

 

人間の個人の理解力には差があって当然だと私は常々考えていますし、この全体教育では必ず理解できずに脱落してしまう人が出てきてしまうでしょう。

 

 

現に学力下位校などの学校では、信じられないほどの低学力・学習内容の未修得がごく普通に存在するのですから、これは全体教育の弊害と言わざるを得ません。

 

 

中世ヨーロッパなどの富裕層などの子供らは家庭教師を雇い、個人授業で数多くの内容を身に着けていたと聞きます。

 

 

学校という組織の中で同一の授業を受ける事が当たり前という従来の発想を、もうそろそろ考え直すべきです。

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