教師も競争しなければならない

学校の教師と呼ばれる人たちも、実は教員同士で競争しなければならないというのが一般的です。

 

 

そして、教師にも成績のようなものが付けられ給料にも影響があるという実態を覚えておかれるといいと思います。

 

 

果たして自分たちの競争に躍起になっている教師たちが、本当に大勢の子供たちの指導監督などを適切にこなせるものでしょうか。

 

 

勤務評定と人事考課

 

 

学校に通う子供にはテストの成績などに応じて通知表の成績というものが付けられますが、教師の世界にもこの通知表のようなものがあります。

 

 

それが人事考課制度(じんじこうかせいど)勤務評定(きんむひょうてい)です。

 

 

1956年に愛媛県教育委員会が「先生の通信簿」と呼ばれる勤務評定を導入しましたが、これはどのようなものかと言うと、教師の通知表そのものです。

 

 

一般の教職員の勤務状況などを校長が評価し、A・B・C・D・Eの5段階で評価するというものだったのですが、これが相当な重荷だったのです。

 

 

というのも、ここで評価が低いと扱われた教師らは定期昇給などが見送られるなどの罰則・ペナルティのような扱いを受けなければならないということになりました。

 

 

つまりが教師たちは校長の好意を得る為に他の職員たちと競争しなければならないというような状態になったわけです。

 

 

実はこの当時は財源がなかなか不足している状態で、教師全員の給料を一斉に上げることが難しかった背景がありました。

 

 

そして人事考課制度についても同じようなもので、各学校の運営方針などに基づき教師らが目標を立て、その目標達成に向けて個々の教師が努力するのです。

 

 

そして目標の達成度や教師の授業風景などを校長らが評価し、業績評価と言う形で個別に改善点や今後の課題などを示すというものです。

 

 

ここでもやはり校長などがその評価度合いに応じて教師の昇給や昇進に影響を与えていますが、人事考課制度は旧来の勤務評定とは違い評価が校長らの一方的なものではなくなったとされているところです。

 

 

しかし、実際には内部で教師一人ひとりが正当な評価をされているかどうかというのは閉鎖的な空間であるがゆえに一般人には分かりづらいものです。

 

 

児童生徒に対しての監督はどうなる

 

 

こうした教員の評価制度というのは別に一般の民間企業などでは珍しいことではありませんので、私は別にどうでもいいと考えます。

 

 

企業への貢献度が高い人が昇給や昇進が優先されるというのは別に変なお話ではないからです。

 

 

ただ、結局の所こうした教師の評価を行うのは各学校の校長などであり、教師は校長などの好意を得る為に仲間内で競争しなければならないわけです。

 

 

そうなると校長へのゴマすりやご機嫌取りをする教師は昇進などが早まり、それ以外の教師が日の目を見ないというおかしな事態も出てくるかもしれません。

 

 

で、そうした教師が増えてくると肝心要の児童生徒らを指導監督するという本来の教師の役目が本当の意味で果たせなくなるという懸念もあるわけです。

 

 

なにしろ校長などは一人であり、複数の教師の学校の授業風景などを逐一全てを正確に把握することなどできないだろうと思うのは恐らく私だけではないと思います。

 

 

 それならばこんな人事考課などの不可解なものを撤廃すればいいと思うのですが、やはりそうはならないのでしょう。

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