親子の関係が壊される

学校に行くか行かないか・学校の成績が良いか悪いかなどで家庭の関係というのはとても大きな影響を受けていることが少なくありません。

 

 

学校という存在が原因で親子の関係が悪化する事例は本当に多いものですが、果たして学校は健全な役割を持った組織だと言えるのでしょうか。

 

 

無意味で無目的なカリキュラムを子供に押し付けて、その結果として家庭を崩壊させているのは学校だと考えるのは恐らく私だけではないでしょう。

 

 

親子間の殺人事件にまで発展している

 

 

学校に通わない我が子を学校に連れ戻そうとして親殺しに発展するという事件も存在しましたが、私自身はなぜこんなことになってしまったのかというのが本心なのです。

 

 

それは、やはり「子供は学校に行かなければならない」と信じ込んでいる大人があまりにも多いからではないでしょうか。

 

 

そして、なによりも学校という存在が親子の絆・結束というものを破壊しているからに他ならないのではないかと思います。

 

 

子供は本来、

 

 

「学校に通うことができたか」
「いい成績をとることができたか」

 

 

・・・などという条件付けでその価値が決められるようなことがあってはならないのではないかと私は考えています。

 

 

家庭と言う本来ならば安らぎ・安心が有るのがごく普通という空間さえも、学校によってその存在が失われているというのがもはや珍しくもなんとも無いのです。

 

 

「成績を上げれば家族の絆も高まるだろう!」という声も聞こえるかもしれませんが、冷静に考えて見て下さい。

 

 

成績がよくなったとしても、その成績が良い子というのは結局のところ更に成績が上位の人間たちと比較して「お前は劣っている」と大人に言われるのではないでしょうか。

 

 

子供の持っている大切な価値とは何でしょう。私にも正直それは未だによく分かりません。

 

 

しかし、政府が作った学校に嫌な顔をしながら仕方なく通うことや、何の役に立つかも分からないようなテストでいい点を取る事ができたかどうかで子供を評価するのは馬鹿げていると思わないでしょうか? 

 

 

少なくとも私ならば他にもっと大切なことなんていくらでも有ると思いますし、子供と学校を結びつけてレッテル貼りをするのはおかしなことだと常々考えています。

 

 

冷静に考えて、学校を巡って親子間の関係がまるで内戦のような状態になっていること自体が異常だと思うはずです。

 

 

家庭は子供にとって本当に安心できる場所で当たり前だというのが私の変わらない考えです。

 

 

それを、学校が入り込んで競争・服従を強いてくる中で親子の関係が壊される現象は、どう考えても健全だとは思いません。

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