教師は教育の専門家ではない

教師は教育の専門家で何でも知っていると思われていますが、それは違います。

 

 

教師は教員免許を取得し、採用されたという「公務員」の1人に過ぎません。この点をよく理解していない人が多すぎるのです。

 

 

教育に専門家など必要あるのか

 

 

再三にわたってお伝えしてきたことですが、教師と呼ばれている人の中で民間企業でのまともな活動経験がある人物はそれほど多くないのが一般的です。

 

 

公務員として永久就職を目指して教師になる人自体が珍しくも何ともないからです。

 

 

そして、学校の授業というのは殆ど例外なく教師が学習指導要領に従って教科書などの内容を黒板に書き写し、児童生徒らに対して暗記するように命令するというものです。

 

 

でも冷静に考えてみてほしいものですが、教科書に書いてあることを学べばいいだけならば教師の存在など不要だと少し考えれば分かると思います。

 

 

基礎的な識字能力が備わっていて文字が読めるのであれば、独習することは難しくないでしょう。

 

 

別に教員免許を持った教師がわざわざ授業を行わずとも、他に代行できる人は山ほど存在するわけです。子供たちだけでも学ぶことだって可能なわけです。

 

 

それならば、教員免許を持つ人間だけが学校で子供を集めて一斉に授業をする必要など果たして有るのでしょうか?

 

 

むしろ私は独学で学んだ方が効率が遥かに高まり、余計なプレッシャーなどもかからずに伸び伸びと学習できると考えます。

 

 

実際に私自身が小学校の低学年のときに他の人間よりも学習の理解度が大きく遅れていまして、教師の授業ペースに付いて行けない時期が長かったのです。

 

 

そのことで自分だけ理解できず付いていく事ができないという劣等感やプレッシャーがいつも存在しており、教師からも「駄目な奴」扱いされていました。

 

 

今思えば本当になぜ学校などに通って授業など受けていたのだろうと思うのですが、もう一度ここで学校の教師たちの存在意義を疑って見て下さい。

 

 

学校という世界以外を知らず、児童生徒(子供)の気持ちが別段理解できるわけでもなく、子供の将来の選択肢を増やすことなど目的に無いような人が教師になっているのは正常でしょうか。

 

 

私はあまりにも異常だと思いますし、そうした教師に教えを請いたいとはとても思いません。

 

 

「テストで良い点を取りなさい」か、「良い学校を卒業しなさい」などと言うばかりで本当に大切な事に気付かないような人に進路指導などを任せる事自体がおかしな現象です。

 

 

公教育というものを私は快(こころよ)く思いませんが、このあたりで資格を持った人間でなければ教えられないという発想をまず変化させるべきです。

 

 

江戸時代までの日本では教員免許を持たない民間人が人々を育てていいたものですが、そうした過去の方針に戻した方が健全なのではないでしょうか。

教師は教育の専門家ではない 関連ページ

自分で考えられないロボット人間
学校は人生泥棒
不健康な学校給食
お金のかかる義務教育
高校無償化が実現できない日本
底辺校に取り残される若者たち
子供の貧困率の高い日本
収入と学力・学歴の格差
全国学力テストは税金の無駄
全体教育は無意味
「成績を上げろ」としか言えない教師
教師も競争しなければならない
増える教師の精神疾患
教員免許を変更しても何も変わらない
止まらない教師の不祥事
蔓延する校内暴力
いじめが当たり前という学校
学級崩壊が起こるのは授業に価値が無いから
レジャーランド・遊び場現象
おかしな「良い子」が作られる
学校以外の世界を知らない悲劇
学校は刑務所と似ている
無意味な不安を煽る学校
選別・品定めという愚行
親子の関係が壊される
学校はピラミッド型の権力構造を生む
授業で子供が死ぬ
相対評価も絶対評価もどうでもいい
家庭内暴力も学校が原因ではないか
本当の学力など分かるはずがない
役に立たない教育委員会
文部科学省は全ての元凶
「均等で同じ人間を作る」という思い上がり
学校に連れ戻すことしかできない教師たち
道徳教育は政府の自己満足
お金に関する教育がゼロという異常
劣等感を植え付ける教育はおかしい
「子供の幸福」は除外されている
天才の育成に不向きな学校教育

トップページ プロフィール お勧めの書籍 広告掲載など お問い合わせ