子供に「「強くなれ」と言わないこと

親は子供がいじめを受けたとき、「もっと強くなれよ!」と言いがちですがこれは絶対止めて下さい。

 

 

いじめというのはそもそも強さ弱さということで解決していいことではありません。

 

 

その人間の人格・人間的な成熟度というもので決まるということを忘れてはならないのです。

 

 

子供の心を傷つけるだけ

 

 

親、特に父親などでこうした言葉を投げかける場合は多いものです。

 

 

しかし、強さ弱さという尺度でいじめ問題を考えたとき、いじめを正当化する材料というものを大人が与えることにもなりかねません。

 

 

いじめは決して社会の中で認められて良いことではないということは、多くの人が分かることだと思います。

 

 

しかし、それでもこうしたいじめが起きると未だに強い弱いということで片付けてしまう大人が多いのも事実です。

 

 

これでは当事者である子供に精神的苦痛を与える結果にしかならないのは、誰が見ても分かるはずです。

 

 

私自身がやはり過去にそうしたいじめ被害(極端に酷くはありませんでしたが)を受け、弱いから悪いというようなことを言われていた時期がありました。

 

 

確かに、小学生当時の私などは体も小さかったですし、腕力もなにもありませんでした。

 

 

しかし、違和感だらけでしたし、何よりも精神的にかなりショックを受けていたことを今でも覚えています。

 

 

いじめというものが強ければ許され、弱者ならばいじめられるのは仕方の無い事だと大人達が口走っていたわけですから。

 

 

ですが、今ここでハッキリとお伝えします。

 

 

その弱肉強食論をいじめの根本的な解決に持ち込むのは絶対止めて下さい。

 

 

いじめというのは何かということを考えれば、少しも美化されていいはずがないことは誰でもわかるでしょう。

 

 

実態は人権侵害行為・犯罪行為そのものであり、それは体格・腕力の強弱や性格的な問題などを度外視して考えるべきことだからです。  

 

 

身近な親から弱いから悪いなどといわれれば、子供はどうなるでしょうか?

 

 

少なくとも自尊感情を傷つけれられ、親は自分のことを理解してくれないのだという不平不満を募らせて、不信感だけを増大させるでしょう。

 

 

つまりが親子の関係が悪化し、いじめの根本的解決にも全く近づけないということになるのです。

 

 

これを親であるあなたはまず理解して下さい。

 

 

そもそも強さ弱さとは何か

 

 

私は基本的に抽象的で曖昧なものというのはあまり好きではありません。

 

 

それなので、いじめにおける強さ弱さというものは特に嫌いな表現です。

 

 

強さとは何かという事を、大人は定義できているのでしょうか?

 

 

何を出来る子供が強いとか、そんなことは恐らく明確な定義づけなど誰もできないはずです。

 

 

その理解不能な強さ弱さという不明瞭な尺度を子供に押し付けて、いじめ問題を子供に解決させるということ自体が、現代社会では無意味なことなのです。

 

 

それなので、どうかいじめ被害にあっている子供に

 

 

「強くなれ!」
「弱いからいじめられるんだ」

 

 

・・・などという言葉を決して投げかけないようにして下さい。

 

 

 いじめとは人間としての成長・成熟度、人間性の高低で発生する問題だと気付いて下さい。


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