いじめられる側に原因などないことを理解すること

いじめが起きると、親は自分の子供にも何か原因があるんじゃないかと、落ち度を疑ってしまいがちです。

 

 

しかし、それは大抵間違っています。

 

 

いじめられる側にも原因があるというのは、殆どの場合加害者の言い訳でしかありません。

 

 

理由付けはいくらでも出来る

 

 

私自身も過去にいわゆるいじめ被害というものを経験してきましたが、大抵は結局いじめ加害者の憂さ晴らしだったというのが殆どです。

 

 

勿論、私も至らない部分などがあったのは事実だったかもしれませんが、それでも納得が出来ないことの方が圧倒的に多かったものです。

 

 

そして、いじめの原因を理由に加害者が自己正当化の理由付けをするというのは現代では定番なのです。  

 

 

このことをまず親はしっかりと認識しなければなりません。

 

 

1 話すのが苦手
2 個性的で一人でいることが多い
3 趣味などが周囲と違う
4 成績などが優れていたり劣っているなど
5 身長が高い、低いなどの外見

 

 

こうした特性などを人間は誰しも基本的に備えているものです。

 

 

しかし、それをいじめの理由付けとして使うような事があっていいはずがあるでしょうか?

 

 

どんな形であれ、いじめというのは加害者が他者を害する行為であることに変わりはありません。

 

 人権侵害行為であり、悪質な犯罪であるというのであれば、いかなる場合であっても加害者は悪なのです。

 

 

たとえ被害者に何らかの過失や落ち度があったとしても、それを理由に悪質・陰湿な嫌がらせや暴力を振るって良い理由にはなりません。

 

 

本当に相手のためを思って改善を提案するというのであれば、間違ってもいじめなどという手段にはならないでしょう。

 

 

ましてや現代のいじめというのは、ありもしない嘘をでっち上げてのいじめを正当化することが非常に多いのです。

 

 

インターネットなどで匿名であることを良いことに、事実無根のうわさを流して誹謗中傷する人間は後を絶たないことと同じです。

 

 

無目的な空間での娯楽がいじめ

 

 

また、ここで再認識するべきなのは、学校でのいじめとは何かということです。

 

 

結論から申しますと、単なる無気力・無目的・退屈な空間の中における娯楽の1つがいじめなのです。 

 

 

政府の学校ではとにかくそうした個人の目的・目標意識、本人の情熱などというものが度外視されやすい環境にあります。

 

 

命令に従うことが絶対の正解だという環境の中で、個々人が好きなように時間を使うという事が基本全く許されないので、退屈が蔓延しているのが政府の学校です。

 

 

あなたも恐らく1度は見たことがあるでしょう。

 

 

疲れた顔をしながら憂鬱そうに登下校を繰り返し続ける児童生徒らが、日本では山ほどいるのです。

 

 

そして、そうした無気力な人間たちの暇つぶし・レクリエーションでいじめという現象が起きるのです。

 

 

「学校なんてつまらないし、意味が無い」

「あ〜退屈だ!でも行かないといけないしどうするか」

「何か面白い事がないかな〜」

「あ、そうだ。いじめがあるじゃん」

 

 

・・・というように、こんなものなのです。

 

 

学校の中での日頃の憂さ晴らしや娯楽で、加害者が理由をでっち上げていじめをするというだけなのが殆どです。

 

 

親はどうかそのことに気がついてください。

 

 

いじめ加害者は見方を変えれば何の目的も目標も持たず、無気力に群れている哀れな人間たちでもあります。

 

 

本当に大好きな事や熱中できること、素晴らしい目的を持つ人がいじめなどという馬鹿げた行いに時間を費やしたりはしません。


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